仙台地方裁判所 平成8年(ワ)422号 判決 1999年4月22日
両事件原告 A野太郎(以下「原告」という。)
右訴訟代理人弁護士 内田正之
甲事件被告 東京海上火災保険株式会社 (以下「被告会社」という。)
右代表者代表取締役 河野俊二
右訴訟代理人弁護士 荒中
乙事件被告 電気通信産業労働者共済生活協同組合 (以下「被告組合」という。)
右代表者理事 津田淳二郎
右訴訟代理人弁護士 杉本昌純
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 甲事件
被告会社は、原告に対し、金七一五万九七三〇円及びこれに対する平成六年四月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 乙事件
被告組合は、原告に対し、金二〇八一万二四五〇円及びこれに対する平成六年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二当事者の主張
一 請求原因
(甲事件)
1 本件甲契約の締結
原告は、被告会社との間で、昭和六二年六月三〇日ころ、別紙物件目録記載(一)の建物(以下「本件(一)建物」という。)及び同目録記載(二)の建物(以下「本件(二)建物」といい、本件(一)建物と併せて「本件各建物」という。)について、次の内容の火災保険契約(以下「本件甲契約」という。)を締結した。
(一) 本件(一)建物について
契約者 原告
金額 損害保険金 三〇〇万円限度
臨時費用保険金 九〇万円限度
取片付費用保険金 三〇万円限度
受取人 原告
期間 昭和六二年六月三〇日から二〇年間
(二) 本件(二)建物について
契約者 原告
金額 損害保険金 四〇〇万円限度
臨時費用保険金 一二〇万円限度
取片付費用保険金 四〇万円限度
受取人 原告
期間 昭和六二年六月三〇日から二〇年間
2 本件火災の発生
平成六年(以下平成六年については月日のみを表記する。)一月一五日午前〇時一八分ころ、本件(一)建物が全焼し、同(二)建物が半焼する火災が発生した(以下「本件火災」又は「本件放火」という。)。
3 保険金請求
(一) 原告は、右火災後遅滞なく、被告会社に対し、右火災により損害が生じた旨連絡したところ、被告会社は、二月二一日、右火災により原告の被った損害の額につき、次のとおり査定した。
(1) 本件(一)建物について
損害保険金 三〇〇万円
臨時費用保険金 九〇万円
取片付費用保険金 三〇万円
(2) 本件(二)建物について
損害保険金 二一九万五九四六円
臨時費用保険金 六五万八七八四円
取片付費用保険金 一〇万五〇〇〇円
(二) 原告は、右損害額につき、被告会社に対し、三月一六日までに火災保険金(以下「本件保険金」という。)の支払を請求した。
(三) 被告会社の住宅総合保険普通保険約款(以下「本件約款」という。)によれば、被告会社は、保険金請求の日から三〇日以内に保険金を支払うものとされているところ、右請求の日から三〇日後である四月一五日を経過するも右保険金を支払わない。
4 よって、原告は、被告会社に対し、本件甲契約に基づき、七一五万九七三〇円及びこれに対する本件保険金支払日の翌日である平成六年四月一六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(乙事件)
1 本件乙契約の締結
原告は、昭和四〇年代に、被告組合との間で、本件各建物について火災共済金契約(以下「本件乙契約」という。)を締結し、一年ごとに自動更新してきたところ、最後の更新は平成五年一二月一日ころであり、その内容は次のとおりである。
(一) 本件(一)建物について
契約者 原告
金額 損害共済金 一〇五〇万円
臨時費用共済金 右損害共済金の一五パーセント 二〇〇万円限度
受取人 原告
期間 平成五年一二月一日から平成六年一一月三〇日まで
(二) 本件(二)建物について
契約者 原告
金額 損害共済金 一九五〇万円限度
臨時費用共済金 右損害共済金の一五パーセント 二〇〇万円限度
受取人 原告
期間 平成五年一二月一日から平成六年一一月三〇日まで
2 本件火災の発生
甲事件請求原因2と同じ。
3 損害発生の通知及び共済金請求
(一) 原告は、右火災後遅滞なく、被告組合に対し、本件火災による損害の発生について連絡したところ、被告組合は、右火災により原告の被った損害の額につき、次のとおり査定した。
(1) 本件(一)建物について
損害共済金 一〇五〇万円
臨時費用共済金 一四七万五八五〇円
(2) 本件(二)建物について
損害共済金 建物本体につき六〇八万円
家財につき一六〇万四〇〇〇円
臨時費用共済金 一一五万二六〇〇円
(二) 原告は、右損害額につき、被告組合に対し、八月一日に共済金(以下「本件共済金」という。)請求を行った。
(三) 本件乙契約によれば、被告組合は、共済金請求の日から遅くとも三〇日以内に共済金を支払うべきであるところ、右請求の日から三〇日後の同月三一日を経過するも右共済金を支払わない。
4 よって、原告は、被告組合に対し、本件乙契約に基づき、二〇八一万二四五〇円及びこれに対する本件共済金支払日の翌日である平成六年九月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
(甲事件…被告会社)
1 請求原因1及び2は認める。
2 同3について
(一) 同(一)は否認する。
(二) 同(二)は認める。
(三) 同(三)は争う。
(乙事件…被告組合)
1 請求原因1及び2は認める。
2 同3について
(一) 同(一)は認める。
(二) 同(二)は認める。ただし、被告組合が共済金請求を受けた時期は八月一二日である。
(三) 同(三)は争う。
火災共済金の支払時期は、共済金請求書が被告組合に到着した日から三〇日以内とされているところ、原告の本件共済金請求書が被告組合に到達したのは八月一二日であるから、支払時期は、右から三〇日経過した九月一一日となる。
三 抗弁
1 故意又は重過失による損害の発生(被告ら)
本件約款二条一項一号によれば、保険契約者の故意もしくは重大な過失または法令違反により発生した損害については保険金を支払わない旨規定されている。また、被告組合の火災共済金等規約(以下「本件規約」という。)四二条一項一号によれば、共済契約者の故意又は重大な過失により発生した損害については共済金を支払わない旨規定されている。
しかるに、本件火災は、以下のとおり、右各契約者である原告の故意による放火によって発生したものであるから、被告らは、本件保険金もしくは同共済金の支払を免責される。
(一) 本件火災の発生原因
本件各建物は、本件火災当時、いずれも空き家となっており、かつ、ほぼ同時刻に出火しているところ、本件火災原因の調査に当たった泉消防署作成の火災原因判定書においても、その出火原因を放火であると断定した上、右各建物とも、勝手口には施錠されていなかったところ、本件(二)建物については、放火者は、右勝手口から侵入し、南西側六畳居間にローソクを立て、周りに紙屑等を集めて火を放ち、全焼させることを目的に本件火災に至らしめたものとしており、このように、本件火災の原因が放火によるものであることについては、原告自身も否定はしていない。
(二) 外部者による放火の可能性の不存在
右のとおり、本件各建物は、いずれも勝手口のみが施錠されていなかったところ、その理由につき、原告は、原告及びその家族が家財道具を取りに来るためであるとの説明をしている。
このことからすれば、右の事情は原告又はその家族のみしか了知していなかったことになり、他方、このことを了知しない第三者が、右勝手口から誰にも怪しまれずに右各建物内部に侵入し、かつ、手際よく放火することは極めて困難であり、加えて、右各建物について不審な者の出入りがなかったことは原告自身が認めているところからしても、第三者が本件放火を行った具体的可能性は極めて小さい。
(三) 原告の経済状況
(1) 原告は、給与所得者であり、本件火災当時、月額約三〇万円(差引支給額)の給料及び賞与の支給を受けていたが、それ以外の収入はなかった。
これに対し、原告は、家族の毎月の生活費として、妻に対して月額三〇万円を渡していたほか、住宅ローン等の借入金として、合計四三六三万七〇〇〇円の負債を抱え、右借入れに対する毎月の返済金額は三六万三〇〇〇円に上っていた。
そこで、原告は、右支出額の不足分を、カードローンを利用することにより補っていたが、これによる借入金額は、平成六年一月五日の時点でも一九二六万九四八七円に達しており、もとより、預金の残高もほとんど存在しなかった。
(2) このような事情からすれば、原告は、右生活費及び借入金の返済額を捻出することは不可能であり、経済的にはほぼ破綻に瀕していた。
(四) 本件火災発生前後の不自然な行動
(1) 本件火災直前の転居
原告は、平成五年一二月二六日に本件(一)建物から仙台市泉区《番地省略》所在の借家(賃料月一二万円。以下「本件借家」という。)に転居しているところ、右転居には、以下のとおり不自然な点がある。
① 転居の必要性
原告は、右のとおり、経済的にほぼ破綻に瀕しており、新たに毎月一二万円の賃料の支払いを継続し、かつ、敷金等入居時の一時金を捻出することは極めて困難な状態にあったが、右転居に際し、予め不動産業者に本件各建物及びその敷地部分の処分等を依頼していた事実はなく、右転居の必要性には疑問がある。
② 届出等の懈怠
転居する場合は、予め勤務先にその届出をする必要があったが、原告は、本件火災発生時においては、まだその届出をしていなかったし、二女の通学する小学校にもその旨の届出をしていなかった。
近隣の住民に対しても転居の挨拶は全くなく、隣家の住民さえも転居先が分からない状態であった。その上、原告は、転居をするに際し、妻に対してさえ、その理由も説明することなく口止めしていた。
また、本件火災発生時、本件各建物内にはかなり大量の家財が残されたままであったほか、電話も同(二)建物に設置されたままとなっており、転居先にもしばらくの間電話は設置されていなかった。
③ 転居先への入居の際の不自然さ
さらに、借家への入居は畳、襖等の入れ替え工事終了後になされるのが通常であるが、本件にあっては、原告は、家主に対し、右工事は不要である旨申し出て契約とほぼ同時に転居している。
(2) 虚偽事実の申告等
後記抗弁2と同じ。
(3) 火災共済への加入
原告は、被告らとの間で、本件甲、乙の各契約を締結していたのに加え、本件火災直前の一月七日には、さらに、県民共済の火災共済に加入していた。
前記のとおり、原告は、経済的破綻に瀕していたものであり、このようなときに、いくら少額とはいえ新たな支出を伴う右契約を締結していること及び本件各建物から自ら転居し、これら建物が空家になった後に、しかも、本件火災発生に極めて近接した時点で右契約を締結していることは、甚だ不自然なものといわざるを得ない。
(4) 原告の健康状態と本件火災発生時における飲酒状況
原告は、糖尿病に罹患していて、飲酒量は、コップに一口程度に制限されていたところ、本件火災発生当時、「麻雀クラブチェリー」(以下「チェリー」という。)において麻雀をしながら、一合強入るコップに六杯の日本酒を飲み、かつ、その後も、右「チェリー」の店主であるB山春子(以下「B山」という。)から渡された一升瓶も空けて泥酔状態になっていた。
しかし、糖尿病が進行している者がこのように泥酔するほどに飲酒することは特段の理由がない限りあり得ない。また、原告が「チェリー」で泥酔するほど飲酒したり、「チェリー」に宿泊したりすることは、それまで一度もなかったことである。
これら諸事情からすると、原告の右行動は、アリバイ工作としか考えることができない。
(5) 不相当な陳述書の作成依頼
原告は、本訴提起後、原告自身が原案を作成した上、そのとおり記載するようB山に依頼して、原告代理人宛の陳述書を作成してもらい、裁判所に提出しているところ、右陳述書は、原告が「チェリー」において麻雀をしていた時間(特に開始した時間と終了した時間)等についてB山の記憶に反する内容のものであった。
このように、原告は、一方において、B山に対し、虚実織り混ぜた陳述書の原案を持参しその通り作成するよう依頼しながら、他方において、あたかもB山が同人自身の記憶に基づいて任意に作成したもののごとく装って本訴において提出し、原告の主張の有力な根拠の一つとして利用したものであり、著しく不自然、不相当な行為と言わざるを得ない。
右は、原告自身において本訴請求が理由のないものとして棄却される虞れが十分あることを承知しており、これを可能な限り回避するためになされた手段であることを窺わせるに足りるものである。
(五) 原告の罹災歴
(1) 原告は、昭和六二年一二月一九日、当時同人が所有していた泉市(現在の仙台市泉区)《番地省略》所在の建物(以下「本件旧建物」という。)を焼失させ、火災保険契約を締結していた興亜火災海上保険株式会社から保険金として八〇〇万円を受領している。
右建物は、原告が負担していた債務の返済に充当するために売却処分されることとなっていたところ、右火災当時には、既に居住していた賃借人も退去し、空き家になっていたものであって、本件火災と共通性がある。
そして、右火災当時の行動についても、原告は合理的な説明をしていない。
その後、原告は、右火災による保険金を受領するとともに、右建物の買受申出入とは別の第三者にその敷地部分を売却処分した。
(2) 原告は、本件借家において、一一月四日、三度目の火災に罹災している。右火災は、ストーブの上にビデオテープを置いたままストーブに点火してその場を離れたため、天井の一部を焼損させたとされている。
(3) しかし、一般市民が火災に三度も罹災する確率は極めて低いのであり、右原告の羅災歴自体不自然な事情といわなければならない。
(六) 原告のアリバイの不存在
前記のとおり、原告は、一月一四日午後七時ころから、翌一五日午前三時ころまでの間、「チェリー」で麻雀をしていたので、本件火災の発生した一月一五日〇時一八分ころには、本件火災現場にはいなかったことになるが、以下のとおり、原告が本件各建物に放火することは可能であり、原告にアリバイが存在するとはいえない。
すなわち、本件(二)建物においては、南西側六畳居間の北側の絨毯の上にベニヤ板が置かれ、その上には、点火された状態のローソクが立てられており、右ローソクは、原告自身が購入したことを認めている。なお、本件火災現場には灯油タンクも存在していた。
そして、これらを使用することにより、自動発火装置とすることができ、結果として、火災発生時刻を六ないし八時間遅らせることができることは、被告らの行った実験の結果からも明らかである。
そうすると、原告が「チェリー」に向かうために本件借家を出発した時刻から、「チェリー」に到着した一月一四日午後七時前ころの間にローソクに点火し、あるいは、右発火装置を事前に設置した上で、「チェリー」に向かう途中に点火のみを行うことにより、翌一五日〇時一八分ころに本件火災を発生させることは十分可能である。
(七) 結論
以上(一)ないし(六)の事実を総合考慮すれば、本件火災は、原告の故意による放火によって発生したことが推認されるというべきである。
2 不実の表示による免責(甲事件…被告会社)
(一) 原告は、三月一六日、被告会社に対し、近隣住民であるC川松夫(以下「C川」という。)ら三名に対して本件火災に伴う見舞金合計四〇万円を支払っていないにもかかわらず、これを支払ったとして、失火見舞費用保険金の請求をした。
(二) 本件約款二四条四項によれば、保険契約者が、提出書類につき知っている事実を表示せずもしくは不実の表示をしたときは、被告会社は、保険金を支払わない旨の約定があるところ、右のとおり、原告は、虚偽の事実を表示して失火見舞費用保険金の支払請求をしたものであるから、被告会社には、本件甲契約に基づく本件保険金の支払義務を免れる。
3 空家通知義務違反(乙事件…被告組合)
(一) 本件規約二〇条一項は、「共済の目的である建物を引き続き三〇日以上空家もしくは無人とする」場合で、それが当事者の責に帰すべき理由による場合は事前に、そうでない場合は当該事実の発生を知った後遅滞なく、被告組合に通知しなければならない旨規定している。
右空家通知義務は、空家については火災発生の危険が大きいため本来契約対象外であることに基づくものであって、契約者が右義務に違反したときは、被告組合は共済金の支払義務を免れる。
(二) 本件(一)建物は平成四年一一月ころから、同(二)建物は平成五年一二月二六日から、いずれも引っ越し等原告の意思に基づく理由により、それぞれ空き家となっていたのであるから、原告は、事前に、被告組合に対し、その旨を通知をする義務があったというべきである。
それにもかかわらず、原告は、右義務を怠り、被告組合への通知を全く行わなかったのであり、被告組合は、本件乙契約に基づく本件共済金の支払義務を免れる。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1について
抗弁1頭書のうち、本件約款及び本件規約の各規定の存在は認めるが、その余は否認ないし争う。
(一) 同(一)は不知。
ただし、本件火災の原因が放火であることは争わない。
(二) 同(二)は争う。
(三) 同(三)のうち、(1)は認め、(2)は争う。
(四) 同(四)について
(1) 同(1)の頭書のうち、原告が本件借家に転居したことは認めるが、その余は争う。
① 同①は争う。
② 同②のうち、転居の届出を行っていなかったことは認め、その余は争う。
③ 同③は認める。
(2) 同(2)は認める。
(3) 同(3)は争う。
(4) 同(4)のうち、原告に糖尿病の既往症があること及び「チェリー」において飲酒したことは認めるが、その余は争う。
(5) 同(5)のうち、原告がB山に対し陳述書作成の依頼をし、右陳述書を裁判所に書証として提出したことは認め、その余は争う。
(五) 同(五)のうち、(1)及び(2)は認め、(3)は争う。
(六) 同(六)は不知ないし争う。
(七) 同(七)は争う。
2 抗弁2(不実表示による免責)について
同(一)及び同(二)のうち、本件約款の規定の存在は認め、被告会社が本件保険金の支払を免責されるとの主張は争う。
3 抗弁3(空家通知義務違反)のうち、本件規約の規定の存在は認め、被告組合が本件共済金の支払を免責されるとの主張は争う。
五 被告らの抗弁1(故意又は重過失による損害の発生)に対する原告の反論
1 放火の態様からする原告の放火の可能性について
(一) 本件火災の消火に当たった泉消防署は、本件(二)建物の出火原因につき、一階の居間、台所、階段などの至る所八箇所に紙屑を集め一〇〇円ライターで火を放ち、さらに一箇所では床面にローソクを立て、周りに紙屑等を集め火を放ち、全焼させることを目的に本火災に至らしめた旨の判断をしている。
(二) そして、被告らは、右建物の出火原因は、ローソクを時限発火装置として用いた放火である旨主張する。
しかしながら、紙屑等が集められていた出火箇所及びその周辺に、焼け残った紙屑とともにローソクが残っていた痕跡はない。また、被告らは、本件放火において灯油が用いられた可能性を主張するが、右建物の出火場所において、灯油が撒かれていた形跡もない。
紙屑等が焼け残ったにもかかわらず、ローソクや撒かれた灯油の痕跡が全く残っていないということは不自然であり、まして、八箇所にもわたって右のような状態になることはあり得ない。
とすれば、本件火災においては、紙屑等に直接点火する方法及びローソクに点火する方法が併用されたとみるのが相当である。
(三) 以上からすると、紙屑等に直接点火するという方法の性質上、放火の実行行為者は、本件火災直前に現場に所在していたこととなるところ、原告は、本件火災の発生時刻には、「チェリー」で麻雀をしていたのであるから、放火の実行行為者ではないことになる。
2 時間的経過からする原告による放火の可能性について
(一) 原告が、「チェリー」に向かうために本件借家を出発した際には、既に麻雀の開始時間である六時に到着できるか否か不分明な時間帯であった。
(二) 右借家から「チェリー」まで自家用車を用いて行った場合、東照宮の前及びその踏切が経路となるが、通常であれば、遅くとも三〇分程度で到着することができる。しかし、一月一四日には、東照宮の「どんと祭」が行われていて、特に、原告が右地点を通過する夕方の時間帯は、歩道車道とも極めて混雑する。したがって、通常よりも二〇分ないし三〇分程度余計に時間がかかったとしても何ら不自然ではない。
(三) 右(二)の事情を度外視したとしても、本件放火における時限発火装置の工作は、本件(二)建物について、ガス取り出し口の壁板をはがすなど極めて周到であるとともに、半焼の右建物について八箇所、全焼した本件(一)建物についても同様に多数の箇所に行われた可能性が極めて大きいものであり、右のような工作をするためには、相当程度(少なくとも一時間以上)の時間を要することは容易に推察できる。
(五) 以上からすれば、原告が本件借家を出た後、本件各建物に立ち寄って、発火装置の工作をして点火した上、一月一四日午後七時前に「チェリー」に到着するということは到底不可能であって、仮に、被告ら主張のとおり、本件放火がローソクによる時限発火装置を用いたものであるとしても、原告には時限発火装置等を工作する時間はない。
第三当裁判所の判断
一 本件火災前後の状況等
請求原因事実のうち、被告会社による損害額の査定の事実及び原告の被告組合に対する本件共済金請求の日時を除いては当事者間に争いがなく、本件の争点は、被告主張の抗弁事由が存在するか否かの点にある。
そこで、この点について検討するに、当事者間に争いのない事実に、《証拠省略》によれば、本件火災前後の状況等につき、以下の事実が認められる。
1 本件各建物の所在及び使用状況
(一) 本件各建物は、仙台市泉区《番地省略》に所在し、市道安養寺鶴ケ谷線と、同南光台一〇号線とが交差する三叉路交差点から北西側に約六〇メートル入った場所に位置している。
右所在地付近の道路は、ほとんどが袋小路で、幅員も四メートル前後と狭く、かつ、急勾配が多いところに住宅が密集している地域である。
(二) 原告は、昭和四七年四月一五日、本件(一)建物を新築し、昭和五八年ころまで居住していたが、同年三月二六日、その南側に隣接する本件(二)建物を中古住宅として購入した。
そして、原告は、本件(二)建物に居住し、同(一)建物を第三者に賃貸していたが、賃借人が退去したため、同(一)建物は、平成四年一一月ころから空き家となり、原告は、それ以降、同(一)建物を物置代わりに使用し、テレビ、衣類等を置いていた。
さらに、原告は、平成五年一二月二六日、本件(二)建物から同じく泉区南光台六丁目の本件借家に転居し、同(二)建物も空き家となった。しかし、本件火災当時、右借家への荷物の移転を完了しておらず、本件各建物の中には、生活用品等相当程度の家財を置いていた。
(三) 右のとおり、本件各建物は、いずれも空き家の状態であったが、原告は、本件(一)建物の北側台所の勝手口、同(二)建物の南側台所の勝手口にはいずれも施錠していなかった。
2 本件各建物の焼損状況と出火場所
(一) 本件(一)建物
外周部は、北西側と北東側の外壁及び二階の屋根を、建物内部は、柱、梁及び桁を残すだけで、その余の部分については原形をとどめておらず、いわゆる全焼の状態である。
特に、一階南側八畳洋間は、床がほとんど焼け抜けており、窓枠、筋交いも全て損傷し残存していないなど最も焼損の程度が強い上、右洋間の周囲の部屋、階段等の焼損状況についてみても、八畳洋間に近い側が焼損の程度が強いこと、本件火災を鎮火するため出動した消防士及び隣家の住民であるC川が南側及び東側から火炎が吹き出していたのを目撃していることを併せ考えると、出火場所は一階南側八畳洋間である。
(二) 本件(二)建物
次のとおり、建物一階の南側に面する各部屋及び廊下、階段の合計八箇所の床面等を焼損し、また、一箇所においては、ベニヤ板の上に立てられたローソクが点火されていた状態であった。
(1) 廊下西側端(階段昇り口)の床の表面に張られたカーペットが約一平方メートル燃焼している。
(2) 洋間八畳
次のとおり三箇所が焼けている。
① 北側出入口
出入口の西側脇の床に紙屑などのゴミを集めたものが完全に炭化し約七〇センチメートル四方、約五センチメートル堆積している。表面に敷かれたカーペット及び床板が焼け抜ける寸前までに焼けている(面積は同じ。)。この部分から続き、壁(ベニヤ板)が焼け抜けている。
② 洋間と台所の境付近
洋間側の床が、南北に一二〇センチメートル、東西に七〇センチメートルの範囲で焼けており、このうち南北に一〇〇センチメートル、東西に五〇センチメートルの範囲で焼け抜けているとともに、紙屑等の炭化物が堆積している。
③ 南側端
南側窓際に古着、ゴミが入ったゴミ袋が二個あり、袋の表面が黒く焼けている。
(3) 台所
北側端出入口扉のすぐ東側脇の床が約五〇センチメートル四方、ビニールカーペット及び床板の表面が黒く焼け、この上に紙屑、タオルなどの炭化物が見分される。また、この箇所から続いて、壁が幅約五〇センチメートル、高さ一五〇センチメートルまで表面が焼けている。
(4) 居間六畳
① 北側の廊下に続く出入口から南側壁沿いに、床が長さ約一・五メートル、幅約五〇センチメートルの範囲で、カーペット及び床板表面が焼け、右箇所には紙屑の炭化物が残存している。
また、この部分のすぐ東側の壁の腰板部分についているガス栓カバー及びこの周りのベニヤ板が約四〇センチメートル四方はがされ、縁が焼けている。
② 居間の北側ほぼ中央の床に約四〇センチメートル四方、厚さ一センチメートルのベニヤ板が置かれ、ベニヤ板の中央にはローソクの溶けたものが付着し、すぐ脇に半分燃えた長さ約一〇センチメートルのローソクが倒れている。このローソクの箇所から前記の出入口付近の燃焼箇所まで、長さ約一メートル、幅約二〇センチメートルにわたりカーペット及び床板の表面が焼けているとともに、右ローソクの周囲には紙屑が集められ、燃焼していた。
右ローソクは、ベニヤ板の上に立てられ、かつ、点火された状態であったため、本件火災の消火に当たった消防士が、これを足で踏み消したものである。
(5) 階段
① 廊下から続く階段昇り口の床が東側壁に沿い、長さ約一メートル、幅三〇ないし五〇センチメートルにわたり、表面のカーペット及び床板表面がまだらに焼けており、その上に紙屑等の炭化物が残存している。
② また、階段の一段目、三段目から五段目、七段目から九段目の三箇所においては、いずれも東側壁沿いに、カーペット及び階段材の表面が焼けており、さらに、それぞれの箇所に紙屑の炭化物が残存している。
(6) その他
洋間出入口の焼き箇所には、「一〇〇円ライター」が落ちていた。
(三) 右(一)のとおり、本件(一)建物については、一階南側八畳洋間から出火したものと考えられ、他方、右(二)のとおり、同(二)建物についても、建物内部の八箇所を焼損し、かつ、一箇所においてはローソクに点火されていること、同(二)建物の屋外面には、同(一)建物の火災の熱により二階南東角に沿って雨樋が溶融し変形しているほかは、燃焼した箇所がないことからすると、同(二)建物内部の焼損は、同(一)建物からの延焼とは考えられないから、右各建物は、ほぼ同時刻に、それぞれの内部から出火したものと認められる。
3 原告の本件火災前の状況等
(一) 原告の経済状況等
(1) 原告の経済状況
① 原告は、給与所得者であり、本件火災当時、月額約三〇万円(差引支給額)の給料及び賞与の支給を受けていたが、右給与以外の収入はなかった。
② これに対し、原告は、家族の毎月の生活費として、妻に対して月額三〇万円を渡していたほか、住宅ローンや株式等に対する投資に関する借入金として、本件火災発生当時、合計四三六三万七〇〇〇円の負債を抱え、右借入れに対する毎月の返済金額は三六万三〇〇〇円に上っていた。
③ 原告は、株式会社三菱銀行(現在の株式会社東京三菱銀行)の限度額二〇〇〇万円のカードローンを利用して借入を行うことによって右支出を賄っていたが、右カードローンによる借入金額は、平成五年一一月二六日には一九八六万九四八七円、また、平成六年一月五日には一九二六万九四八七円にそれぞれ達していた。
また、普通預金についてみても、同銀行仙台支店の口座は、平成六年一月一一日現在の残高がマイナス九万九三〇九円、株式会社七十七銀行南光台支店の口座は、平成五年一二月一〇日現在の残高が二八八〇円という状況であった。
④ 右の事情に加え、原告自身も、債務を整理するためには本件各建物及びその敷地を処分すること並びにこれらを処分しても債務を整理できないときには、勤務先を退職し、退職金によって借入金の返済に充当するほかないとも考えていたことからしても、原告は、経済的に困窮した状態にあったというべきである。
(2) 原告の既往症
原告は、本件火災当時、糖尿病による網膜症に罹患しており、眼底出血が認められる状態であって、食事療法を行っていたほか、飲酒についても、家庭内においては、ごく少量を飲む程度であった。
(二) 原告の罹災歴
昭和六二年一二月一九日、当時原告が所有していた本件旧建物が火災により焼失した。
右火災は、右建物に従前居住していた賃借人が当該建物から退去し、空き家になった後に発生したもので、火災原因は不明であるとされているが、結局、原告は、興亜火災海上保険株式会社から八〇〇万円の保険金を受領し、その後、原告は、右建物の敷地部分を売却した。
(三) 原告の転居
前示1(二)のとおり、原告は、平成五年一二月二六日、本件(二)建物から本件借家に転居した。
右借家の家賃は月額一二万円であって、転居に際しては、敷金、礼金等を含めた一時金として、月額家賃の三ないし四か月分(三六万円ないし四八万円)を支払ったが、右転居の時点においては、本件各建物及びその敷地部分について、具体的に売却や賃貸を計画してはいなかった。
また、右転居に際して、原告及び妻は、近隣の住民に対する挨拶等を全くしておらず、むしろ、原告は、妻に対し、その理由も説明することなく右転居の事実を口止めしていた。
4 本件火災前日及び当日の原告の行動
(一) 原告が、本件火災の前日である一月一四日午後二時ころに本件各建物を訪れたところ、家族以外の者が侵入したなどの不審な形跡はなく、原告は、同三時ころ、右各建物内に置いてあった写真アルバム類を手に抱えられるだけ自家用車に積載し、本件借家に戻った。
(二) その後、原告は、家族とともに、東照宮の「どんと祭」に行き、同五時ころに一旦帰宅して夕食を済ませた後、自家用車で「チェリー」に向かい、同七時前ころに「チェリー」に到着して麻雀を始めた。
なお、「チェリー」における麻雀の開始時刻は午後六時の予定であったが、結局、原告は、右のとおり、開始時刻に遅れて到着した。
(三) 原告は、麻雀を始めて間もなくして日本酒を飲み始め、翌日午前〇時ころまでには、一合強入るコップに六杯の日本酒を飲み、かつ、その後、B山から渡された一升瓶も空けて、同三時ころまで、飲酒をしながら麻雀を続けた。
(四) 麻雀終了後、原告は、運転代行社に電話で配車依頼をしたところ、断られたため、この日初めて「チェリー」に泊まった。
5 本件火災に対する原告の対応等
(一) 原告は、一月一五日午前八時ころに帰宅したところ、妻から、本件各建物が火災になったと聞かされた。そこで、原告は本件各建物に赴き、消防士等による事情聴取を受けるなどしたが、その際、「火災保険は私は入っていませんが、ローンの関係で銀行で入っていると思います。」などと答えている。
(二) 被告らに対する連絡
(1) 被告らに対する損害の連絡
原告は、本件火災後間もなく、被告らに対して、それぞれ、本件火災により損害を被った旨の通知をした。
(2) 県民共済に対する連絡
原告は、転居直後で、かつ、本件火災直前の時期である一月七日、県民共済に加入していたところ、本件火災が起こったため、県民共済に対し、共済金の支払いを受けることができるか否かにつき問い合わせをしたが、県民共済から、支払を受けることはできない旨返答があり、結局、共済金を受け取るには至らなかった。
(三) 被告会社に対する見舞費用保険金の請求
(1) 原告は、三月一〇日に、本件各建物の近隣住民であるC川ら三名に対して合計四〇万円の見舞金を支払ったとして、同月一六日、被告会社に対し、失火見舞費用保険金の支払を請求したが、実際には、右C川らに対して見舞金を支払っていなかった。
(2) 右事実を知った被告会社の担当者が、同年九月六日、原告に対し、その旨を指摘したところ、原告は、それは見舞金を支払った三人に対し、箝口令を敷いているためであり、実際には支払済みである旨虚偽の回答をした。
(3) さらに、原告は、右同日、C川方を訪れ、二〇万円を支払うので、三月一〇日に見舞金を受領した旨の領収書を作成して欲しい旨依頼したが、C川がこれを断ったため、原告は、結局、右保険金を受領するには至らなかった。
(四) その後の原告の経済状況等
(1) 原告は、本件火災後、消費者金融会社数社から借入をしていたところ、平成七年三月に勤務先を退職し、退職手当約三〇〇〇万円を得たが、これを右借入金の一部の支払に充当するなどし、そのほとんどを費消している。
(2) その後、原告は、被告らを相手方として民事調停の申立てをしたが、被告らは、本訴において主張している各抗弁事実と同様の理由から、本件保険金ないし共済金の支払に難色を示した。
右経緯により、調停は不調に終わり、原告は、本訴を提起するに至った。
6 被告らの免責事由の根拠
(一) 本件保険契約について
本件約款には、次のとおり規定されている。
第二条(保険金を支払わない場合)
当会社は、次に掲げる事由によって生じた損害または傷害については、保険金を支払いません。
(1) 保険契約者、被保険者またはこれらの者の法定代理人(保険契約者または被保険者が法人であるときは、その理事、取締役または法人の業務を執行するその他の機関)の故意もしくは重大な過失または法令違反
(二) 本件共済契約について
本件規約には、次のとおり規定されている。
第四二条(共済金を支払わない場合)
この組合は、共済の目的につき、つぎに掲げる事由によって生じた損害に対しては、第七条(共済金の種類と限度額)第一項および第二項で規定されている共済金を支払わない。
(1) 共済契約者または共済の目的の所有者の故意または重大な過失によって生じた損害
二 本件火災の原因について
以上の事実を前提として、本件火災の原因について判断する。
1 本件火災の原因及び態様等
(一) 前示一2のとおりの本件各建物の焼損状況に加え、本件火災の消火に当たった泉消防署は、本件火災の原因につき、本件(一)建物については放火と推定し、同(二)建物については放火と断定していることをも併せ考慮すれば、右各建物の出火原因は放火によるものと認めることができる。
そして、右各建物は、いずれも内部から出火しており、また、それぞれの台所勝手口の扉のみが施錠されていなかったことからすると、放火の実行行為者は、右各勝手口から侵入して右各建物に放火したものと推認される。
(二) 放火の実行行為者
また、本件各建物は、ほぼ同時刻に、かつ、それぞれ建物の内部から出火しているところ、意思の連絡のない複数の者が、右各建物にそれぞれ放火をするということは、特段の事情がない限り考え難く、本件においてそのような事情もうかがえないから、本件放火は、同一人による犯行であると推認することができる。
(三) 全焼させることを意図した放火
さらに、本件(一)建物は全焼していること、同(二)建物は一階の至る所八箇所から出火し、かつ、一箇所にはローソクに点火さされていたことからすれば、右放火は、右各建物をそれぞれ全焼させることを意図して行われたものと推認するのが相当である。
(四) ローソクの使用
(1) 加えて、本件(二)建物の南西側六畳居間の北側床上にはベニヤ板が置かれ、その上にはローソクが立てられていて、右ローソクは点火されていたこと、その周囲には紙屑等が集められ、燃焼していたことからすると、右ローソクは、紙屑等の媒介物、ひいては建物本体に延焼させることを目的として点火されていたと推認するのが相当である。
(2) ところで、本件(二)建物の出火箇所のうち、ローソクが立てられていた箇所を除く八箇所には、紙屑等の炭化物が残存している反面、ローソク自体は残存していない。
しかし、右(1)のとおり、右ローソクは、最終的には建物本体に延焼させる目的で点火されていたものと認められるところ、右点火場所についてのみローソクを用い、その余の箇所について、紙屑等に直接着火した方法によると、後記(6)のとおり、ローソクを設置する意味が全くなくなり不合理なものとなる。
そればかりか、紙屑等に直接点火する方法を用いたとすると、その性質上、放火の実行行為者は、出火時刻直前に本件各建物に所在していたこととなるが、本件火災の発生時刻は、一月一五日午前〇時一八分ころの深夜であり、この時間帯に右各建物について相次いで放火をなし、しかも、本件(二)建物の六畳居間の北東側出入口付近の壁のベニヤ板をはがした上、その内部の八箇所に紙屑等を集め、これに点火するとの態様で放火を行うことは、かなりの困難を伴うものというべきである。
(3) 以上からすれば、本件(二)建物の火災は、ローソクを立てるなどした上で点火し、これが燃焼することによって、紙屑等の媒介物、さらには家屋本体に延焼したことによるものと推認するのが相当であり、これに前示(三)の事情を併せれば、同(一)建物についても、同様のことが推認できるものといえる。
(4) この点について、原告は、本件(二)建物について、紙屑等は残存していたにもかかわらず、灯油が残存しておらず、また、ローソクも、本件火災時に発見された一本を除き残存していないことに照らせば、本件火災は、紙屑に直接点火する方法を用いなければなしえないものである旨主張する。
しかしながら、《証拠省略》によれば、火災発生後には、灯油の痕跡はほとんど残存しないことが認められること、《証拠省略》によれば、残存していた紙屑等は、いずれも炭化物であって、燃焼後のものと認められることに加え、本件(二)建物においては、床板、壁等建物本体も相当程度燃焼した状態であったことをも併せ考慮すれば、むしろ、ローソク及び灯油は燃焼し尽くしたとみるのが相当であり、右からすれば、灯油及びローソクが残存していないことが必ずしも不自然とはいえないから、右主張は前示認定を左右するものではない。
(5) そして、ローソクは、本件火災との関係において、時限発火装置の役割を果たしたと見ることができる。
すなわち、《証拠省略》によれば、ローソクと紙屑等の媒介物を用いれば、右ローソクが燃焼し尽くすことによって、紙屑等の媒介物、さらには建物本体に延焼する発火装置を作ることが可能であると認められる。
そして、《証拠省略》によれば、本件(二)建物に残存していたのとほぼ同様の直経約二センチメートルの、市販されているローソクの表示燃焼時間(《証拠省略》によれば、一般に、実際の燃焼時間は、右表示燃焼時間よりも長いことが認められる。)は、五時間ないし七時間四〇分であることが認められ、右事実からすると、ローソクに点火してから、実際の建物に出火するまでの間には、右程度ないしそれ以上の時間を要することとなる。
したがって、右のような方法によるならば、ローソクに点火してから建物が出火するまでの時間を遅らせることができることとなる。
(6) さらに、前示(二)のとおり、本件放火は、同一人物の手によりなされたものと認められるところ、一方の建物の放火には時限発火装置としてローソクを用い、他方には紙屑等に直接点火するという方法を採ったとすると、放火の実行行為者は、複数回本件各建物に侵入することとなり、時限発火装置としてローソクを用いた意味がほとんどなくなってしまい、極めて不合理である。
(五) なお、本件火災後の状況として、灯油が残存したとの状況は存在しないが、本件(一)建物は全焼していること、同(二)建物についても、残存した紙屑等の媒介物はことごとく燃焼の結果炭化しており、かつ、多数の箇所において、床板、壁、カーペット等を燃焼していること、また、前示(四)(4)のとおり、火災発生後には灯油の痕跡はほとんど残らないと認められることの諸事実を考慮すれば、本件火災において、灯油が用いられた可能性は高いものというべきである。
2 第三者による放火の可能性
(一) 前示一1(三)のとおり、本件各建物の勝手口の扉が施錠されていなかったことからすると、一般的、抽象的には、第三者による放火の可能性を否定することはできない。
(二) ところで、同4(一)のとおり、原告が、一月一四日の午後二時ころから同三時過ぎころまでの間に本件各建物を訪れた際には、不審な形跡はなかったのであるから、第三者が放火したとすれば、午後三時過ぎころから出火時刻までの間に、施錠されていない本件各建物の勝手口からそれぞれ侵入し、その内部から放火したこととなる。
しかし、同1(一)のとおり、本件各建物の所在する地域は、住居が密集し、かつ、周囲の道路のほとんどが袋小路であるから、事情を知らない第三者が右各建物の位置関係を特定すること自体容易でない上、前示二1(一)のとおり、放火の実行行為者は、右各勝手口から右各建物に侵入したものと認められることからすると、施錠の有無についての事情を知る者でなければ、建物への侵入を手際よく行うことは困難である。
さらに、同(四)のとおり、本件各建物は、ローソクを時限発火装置とする方法で放火されたと認めるべきところ、右装置を設置するためには、ローソクを立て、その周囲に紙屑等を集めるなどの準備を行うことが必要不可欠であり、右準備に相当程度の時間を要することは容易に推測することができる。
しかも、本件(二)建物の南西側六畳居間の北東側出入口付近の壁のベニヤ板がはがされていること等の事実に照らすと、本件各建物の内部構造を了知しない第三者が、本件放火を行うことは極めて困難であるというべきである。また、右の準備に相当程度の時間を要することは、同時に、原告やその家族、近隣住民等に発見される危険が大きいことを意味するのであって、右観点からみても、第三者が本件放火を遂行することは極めて困難であるといわなければならない。
(三) 右に加え、一般的にも、怨恨等特段の事情のない第三者が、本件各建物をいずれも全焼させることを意図して放火を行うということは考え難い上、原告についてみても、原告本人は、原告やその家族が、人から恨まれるようなことはないと思う旨供述しており、他にこれを窺わせるような事情も認められない。
(四) 以上の諸事情に照らせば、第三者による放火の可能性は極めて小さいものといわなければならない。
3 原告による放火の容易性
原告は、本件各建物の各勝手口のみが施錠されていないこと、本件(一)建物の脇に灯油タンクが存在していること及び右各建物の内部構造について熟知しており、このような事実に加え、原告自身も、ローソクを購入して本件(一)建物内に保管していたことを認めており、放火に用いられたローソクが右保管されていたものである場合、その所在も熟知していることとなること、さらに、原告は、右各建物の所有者であるから、原告が右各建物に立ち入ることについて、近隣住民等の第三者が不審を抱くということも考えられないことをも併せ考慮するならば、原告が本件火災を惹起させることは極めて容易な状況にあったものというべきである。
4 原告の動機を窺わせる事情
(一) 県民共済への加入
前示一3(三)のとおり、原告は、本件(二)建物から本件借家に転居するに際して、被告らに対して、転居した旨の通知を行うこともしなかったことに加え、近隣の住民に対しても転居の挨拶をすることはなく、妻に対しては、右事実を口外しないよう口止めさえしていたこと、また、同5(二)(2)のとおり、原告は、本件火災直前に県民共済に加入している上、右火災後に、右共済金の支払を受けることができるかについて、共済に問い合わせているところ、その後、右共済金が支払われなくなったことについて、原告代理人等弁護士に相談するなどの対応もしていないことをも考慮すると、原告は、本件各建物が転居の結果空き家となった事実を明らかにしないまま、県民共済へ加入し、かつ、右共済金を受領しようとしていたことが推認される。
(二) 出火見舞保険金の請求
さらに、原告は、前示一5(三)のとおり、被告会社に対し、実際には見舞金の支払いをしていないにもかかわらず、これをしたものとして失火見舞保険金の請求を行い、かつ、このことを被告会社の担当者に指摘されると、虚偽の弁解をした上、その直後に近隣住民であるC川に虚偽内容の領収証の発行を求めているのであって、右は、保険金の詐取行為と評価されてもやむを得ない行為であり、少なくとも、保険金取得のために、相当でない手段をも厭わないとの原告の態度もしくは意図を推認させるものである。
この点、原告本人は、実際に見舞金を支払うつもりではあった旨弁解するが、同3(一)のとおりの原告の経済状況からして、右見舞金を支払うことは困難な状況であったといえること、見舞金を支払ったとする三月一〇日から、被告会社から実際には未払いであるとの指摘を受けた九月六日までの間においても、また、それ以降においても、実際に右見舞金を支払っていないことの各事実に照らすと、右弁解は採用することはできない。
(三) 右(一)及び(二)の事実に加え、原告は、経済的に困窮した状況にあったため、債務整理のために本件各建物を処分することを選択肢として考えていたにもかかわらず、右各建物やその敷地部分の処分を、不動産業者等に対して具体的には依頼しないまま、本件火災の約半月前に、秘かに慌ただしく本件借家への転居を敢行していることを考慮し、さらには、前示一3(二)のとおり、原告は、昭和六二年一二月一九日、原因不明の火災に罹災した結果、保険金を受領した経歴のあることも併せ考慮すると、原告には、放火に至るべき経済的動機を窺わせる事情が十分に存在するといわなければならない。
(四) 反面、前示2(三)のとおり、第三者による怨恨等の動機に基づく放火の可能性を窺わせるに足りる事情は認められないし、右以外の動機による放火の可能性についても、右放火がかなりの周到な準備の下に、しかも、敢えて本件各建物二棟を全焼させることを意図したものであることの事情に鑑みれば、極めて小さいものというべきである。
5 原告のアリバイについて
原告は、一月一四日午後七時前ころから「チェリー」において麻雀を始め、それ以降、翌一五日午前三時近くまで麻雀をした上、「チェリー」に宿泊しており、本件火災発生時である同日午前〇時一八分ころに、本件各建物にいなかったことは明らかであるので、以下この点について検討する。
(一) 原告による点火の可能性
(1) 前示1(四)のとおり、本件放火は、ローソクを時限発火装置として用いた上でなされたものと推認されるところ、右方法によれば、原告が「チェリー」に向かう途中で本件各建物に立ち寄り(時刻の詳細は明らかではないが、前示一の経過に照らせば、少なくとも一月一四日午後五時ころから同七時ころの間である。)、ローソクに点火して、本件火災を惹起させることは十分可能であることとなる。
(2) この点、原告は、本件借家から、本件各建物を経由して「チェリー」まで自家用車で行くとすれば、東照宮前の踏切を通ることとなるところ、そもそも、麻雀の約束の時間である午後六時に到着できるかどうかが不分明な時間帯に本件借家を出発している上、一月一四日は東照宮の「どんと祭」があって、相当道路は混雑していたはずであり、通常の倍程度の時間を要することも不自然ではないことをも考慮すると、原告には、右各建物に立ち寄って放火するだけの時間はない旨反論する。
しかし、原告が、「チェリー」に向かうために、右主張の経路を経る必要性は必ずしもなく、したがって、原告が、本件借家を出発して、右「チェリー」に向かうまでの間に、本件各建物に時限発火装置を設置し、もしくは、同日午後二時過ぎころに同建物を訪れた際に、右装置を設置し、同五時ころ以降、「チェリー」に赴く途上で同建物に立ち寄って点火をするという方法も十分可能であって、右反論によっても、原告が本件各建物に放火するだけの時間がないとは言い難く、原告の右反論は採用することができない。
(二) そればかりか、前示一4(二)のとおり、原告は、東照宮の「どんと祭」に家族とともに行っており、かつ、原告法人は、東照宮付近が非常に混雑していることも認識していた旨供述しているにもかかわらず、敢えて自家用車で「チェリー」に向かっている。しかし、証人B山の証言によれば、原告は、「チェリー」のいわば常連であり、かえって、同所に行く際にはほとんどが徒歩で、しかも、麻雀をする際には、他の客も同様であるが、飲酒をすることは余りなかったことが認められるにもかかわらず、原告は、本件火災当日に限り、右のように自家用車で「チェリー」に向かった上、麻雀を始めて間もなく日本酒を飲み始め、一月一五日午前〇時ころまでに既に日本酒を六合強飲んでいるとともに、それ以降にもさらに飲酒を続け、酩酊に近いような状態にあったものである。そして、右B山の証言によれば、原告のこのような状態について、他の麻雀のメンバーとも、いつもと違うと話し合っていたことが認められる。
このような事情に、当時、原告は、糖尿病に罹患し、眼底出血するほどの状態であって、食事療法を行うとともに、飲酒をごく微量に制限されていたことをも併せ考慮するならば、原告が、「チェリー」に向かう前後の一連の行動は、異常ともいえるものであった。
そして、以上のような事情に照らせば、原告は、自家用車で「チェリー」に赴いた後、飲酒することによって、本件本災の発生時刻に、あえて「チェリー」に止まっているような状況を自ら作出したものと推認することができる。
三 結論
以上のとおり、本件放火の目的物、態様等からみて、原告は、最も容易にこれを行いうる状況にあった反面、原告以外の者が右放火を行った可能性は極めて小さいこと、また、原告には、右放火の動機となるべき経済的な理由を窺わせるに足りる事情が存在すること、原告のアリバイも成立するものとはいえないこと等の各事情を総合的に考慮すると、原告が、故意に本件各建物に放火して本件火災を惹起させたものと推認することができる。
そして、右事由は、被告会社については、本件約款二条一項一号の、被告組合については、本件規約四二条一項一号の免責事由にそれぞれ該当するから、被告らの抗弁1は、いずれも理由がある。
したがって、原告の請求は、いずれも理由がないからこれらを棄却し、訴訟費用については、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 梅津和宏 裁判官 衣笠和彦 瀬戸茂峰)
<以下省略>